いちばんいい時計の話

 彼女はそのとき僕に、「いちばんいい時計」の話をしてくれた。
 それは、彼女が以前テレビか何かで見たという話で、なんでそんな話になったのかは忘れてしまったけれど、不思議と僕の心にずっと残っている。

 紛争地や戦闘地域で戦う戦士たちは、ときに敵の捕虜となってしまうことがある。捕らえられ、身体の自由を奪われ、狭くて暗いほら穴のようなところに閉じ込められてしまう。明かりなんてものはなく、太陽の光も届かず、見渡す限り真っ暗だ。暗闇は、人から時間の感覚を奪う。1分が1時間に感じられ、1時間が1日に感じられるようになる。「今、何時なのか分からない。昼なのか夜なのかさえ分からない」という状態は、文字通り人を狂わせてしまうのだ。

 だからね、と彼女は続けた。
「だから、いちばんいい時計は、光る時計なんだって。どんな暗闇にいても、きちんと時間を確かめることのできる時計が、いちばんいい時計なの」

 僕はこのエピソードが大好きで、今でもよく思い出す。何かとても大切なことを、示唆しているような気がするからだ。