冬の海

 なぜだか急に冬の海が見たくなって、福井県の水晶浜まで車を走らせた。大雪の予報のなか北陸の海へ出かけるなんて正気の沙汰ではない気がしたけれど、訳の分からない衝動を抑えきれずに出発した。

 海もそうだけど、シーズンオフのリゾート地や観光地に来るとなんとも言えない感傷に囚われる。楽しかった頃の思い出の残骸が、いろんな形で置き去りにされているのを目にするからだろう。もちろん、僕の他に人なんて見当たらず、なんだか世界から置き去りにされた場所に来てしまったように感じられる。

 夏の海は「楽しさ」とか「希望」とか「未来」とか、なんだか明るいイメージばかりが思い浮かんでくるけど、冬の海はそれとは正反対の言葉ばかりを連想させる。それでも、僕は、冬の海のほうが好きだ。

 予期せず、1匹の犬と出会った。その犬は、顔に大きな傷を負っていて、前足が1本無かった。僕を見つけると物珍しそうに寄って来たが、決して3メートル以上は近づこうとしない。僕が歩み寄っていくと、逃げようとはしないが、必ず一定の距離を保つように3本の足でひょこひょこと離れていく。途中、突然体を地面に擦りつけながら転がりだした。前足で首を掻けないので、きっと痒いんだろうなと思った。僕は、なぜだか分からないけれど、ずっと罪悪感を感じながらその犬の写真を撮り続けた。

 「正しさ」とか「強さ」とか、そういった言葉の意味が、自分の中で曖昧になった。